この家は、一代で終わらせるには価値がありすぎる。

長持ちする家をとことん追求し続ける社長のブログ

7.造園業 その1

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「明日から、ここ(那須のゴルフ場の現場)に8時に来い」


といわれ、帰り道に、

作業服センターに連れて行かれ、言われるがままに買い物。

ニッカズボン上下と地下足袋、それようの靴下、そして腰道具(剪定はさみとのこぎり)を人数分買った。


親父の仕事の手伝いや自分の家の建築で作業服を着ていたが、さすがにニッカズボンは着た事はなかった。

家に帰り、着てみたが、どうにもシックリこない。


要するに気に入らない。



当時、ログハウス事業をスタートさせましたが、当然、最初から受注や利益が見込まれるわけでもなく、逆に、ハンドカットのモデルハウスを造ったりしたので、マイナスからのスタートでした。


今井さんと高橋さん、そして、佐藤毅の3人にログハウスのほうは任せ、私は、出稼ぎに、、、、


というか、家族と社員を養うためには、好きではじめたログハウス事業でしたが、受注が取れるか分からない、例え受注したとしても利益が取れるか分からないことに、私までのめりこむことは出来ず、後ろ髪を惹かれる思いで間違いなくお金になるゴルフ場の現場に通いました。


まだ、磐越道が開通していなかったので、毎朝5時に家を出て、帰りは9時頃になりました。
今だったら、絶対に無理です。


当時、人を集めれば未経験者でも一人15000円がもらえ、皆には10000円から12000円を払いました。

要するに、一人当たり3000円から5000円の利益です。


仕事を覚える前からある程度の利益が確保されたわけです。


当時、猪苗代の土木業界の賃金が経験者でも7000円から8000円でしたので、募集をすればすぐに集まりました。

まだ、私も20代前半でしたので、若くて威勢のいい、要するに喧嘩っ早い後輩達が集まってきました。

今でも、時々町中で会うことがありますが、今は、私も含めてイイお父さんになっていますが、当時はめちゃくちゃでした。


飲みに行けばまず間違いなく、喧嘩、


最高の武勇伝?は、大成建設、西松建設、間組という大手ゼネコンの孫受けの仕事をしていた現場での事件です。



(当時の関係者の皆さんが読んでたら、大変申し訳ございませんでした。

この場をお借りして、本当に心からお詫び申し上げます。)



ようやく仕事も覚え、請負で仕事が出来るようになり、いよいよこれから儲けるぞという矢先の出来事でした。


社員同士がスコップで殴りあいの喧嘩になり、

すぐに、他の現場にいた私に現場監督から連絡がはいり、とりあえず、元請の現場事務所にいってみると、事務所の中はめちゃくちゃ、二人のTシャツはボロボロで血があちこちに、、、、


まだ、これだけで収まってればよかったのですが、一人が車に飛び乗り逃げてきたのですが、それを追って、もう一人ももの凄いスピードで現場を走って追いかけ、カーチェイスをしたいうことです。


現場内は制限速度20キロくらいなのにです。


しかも、ちょうどその時間に、3社合同の安全パトロールだったらしく、3社の所長がその道路を歩いていたのです。

道路わきに避けたらしいのですが、ちょうどその前に大きな水溜りがあり、3人とも頭から泥水だらけ・・・・


いくら日本は広いといっても、元請のゼネコンの所長、しかも、3人を頭から泥水をかけたのはグリーンライフだけでしょう。。。



当然、即刻監督から、


「今すぐに現場内の重機などを引き上げろ」


との指示が、、、


要するに退場処分、レッドかードです。当然です。


仕事の90%以上を依存していた現場でしたので、かなりの痛手でした。



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