この家は、一代で終わらせるには価値がありすぎる。

長持ちする家をとことん追求し続ける社長のブログ

5.出会いと始まり

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ログハウスも大体形になってきた頃、9月から初めて平成に変わった3月だったと思います。
高校2年の従兄弟がバイトに使ってくれと、背が高く、髪の毛が真っ赤で眉毛のない同級生を連れてきました。
その高校生が、今では、立派に更生した、グリーンライフの番長こと、佐藤部長です。

まず、仕事をやらせた第一印象は、器用、早いでした。


同じ頃の時期に、赤いハイラックスに乗って、めがねをかけた中年の男が尋ねてきました。


「この辺に土地を探してるんだけど、、、、」


とふらっと立ち寄ったのが、「大工のできる仕事はやらない」家具職人(この時はバリバリのログビルダー)

今井さんです。


この二人が居なかったら、この二人との出会いがなかったら、間違いなく今のグリーンライフはないでしょう。


また、同じ時期に、前回紹介した愛妻との出会いから急転直下で、結婚することになりました。


また、親父の昔の造園仲間が突然尋ねてきて、ゴルフ場の仕事を一緒にやらないかと誘われたのもこの頃でした。


この時、すでにグリーンライフと名前を変えて建築をやろうとしていたのですが、ログハウスだけでは受注もないしどうしようかと思っていた時なので、渡りに船でした。


ということで、話は全てとんとん拍子に進み、何の計画性もないままグリーンライフは本格的に船出をしたわけです。

スタート時は、ログハウスを今井さんと、数年前になくなってしまいましたが新潟の高橋さん、そして佐藤番長ではじめ、銀行から融資を受けて1棟目としてハンドカットのモデルハウスを自宅の隣に建設することになりました。


私はというと、今日のご飯を食べるために、後ろ髪を引かれながらゴルフ場通いの日々でした。


そして私事ですが、平成2年の7月1日にめでたく結婚しました。



この年の4月に磐梯園芸センターからグリーンライフに名前を変えた訳ですが、グリーンライフは私が考えました。


良く、由来はと聞かれますが、いたって単純です。


グリーンは、やはり、造園やでしたので、、

ライフは、その当時「ウッディライフ」という雑誌があり、それを見ながらログハウスの夢を描いたり建築をする際の参考にしたりしてました。


それで、そのライフをとり、合体させたという単純なものです。



ただ、これは、自分ひとりで考えたわけではなく、当然、大株主で創業者である親父の意見も出ました。
親父の意見は、とにかく凄いです、強烈です。
それだけはやめてくれとお願いしました。
その名前とは・・・・・


「有限会社 磐梯山麓土地建物(ばんだいさんろくとちたてもの)」・・・


多分、バブル崩壊と共にこの世からなくなってしまうような名前だったのではないかと思います。


名前って大事ですよね。


ちなみに、木をデザインした今でも使っているロゴマークもその時に一緒に私が考えたものです。
その木の樹種は、もみの木です。シーダーではありませんのであしからず。


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