この家は、一代で終わらせるには価値がありすぎる。

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なせばなる なさねばならぬ何事も ならぬは人の なさぬなりけり

250px-上杉鷹山


原文は「なせばなる なさねばならぬ何事も ならぬは人の なさぬなりけり」であるが、「なす」という言葉に適切な漢字を当てはめてみるとその意味が鮮明になる。即ち、「為(な)せば成る。為(な)さねば成らぬ何事も、成らぬは、人の為(な)さぬなりけり」となる。

 上杉鷹山が瀕死の米沢藩を立て直す際に、藩の武士階級や藩民に対し立て直しの心構えについて説いた有名な言葉である。ケネディー大統領は座右の銘にしていたらしい。この言葉をケネディー大統領が知っていたことにも驚くが、さすがは弱冠18歳で米沢藩主になるや、瀕死の米沢藩に殖産興業を興し、藩政を改革して藩財政を見事に立ち直らせた上杉鷹山ならではの言葉だと感心する。「人のなさぬなりけり」の「人」とは他人のみならず上杉鷹山自身についても語っていることは勿論である。

 この言葉は「なさねばならぬ」という使命感と「為せば成る」という意志力の大事さを言い得て妙であるが、兎角、何でも新しいことをやろうとすると、何かと反対する者や抵抗する者が現われる。こうして、実行もさることながら思うようになかなか実現出来ずに苦労する。人が暗い夜道や暗いところを怖がるように、元来、目に見えない事象というものに対して一抹の不安を抱き躊躇心が生じるのは人間の常で、どうしても変化とか挑戦というものより、よく分っていて安心な「今のまま」という保守を選択しようとする。

 従って、そのような人たちに「なさねばならぬ」という使命感を抱かせ、「なせば成る」という強烈な確信的意志力を植え付けるには、「やってみせて 言って聞かせて やらせてみて 誉めてやらねば 人は動かず」という山本五十六元帥の言葉を思い出す。

 まず、人から不安感を取り除くという作業から入らなければならないのである。そのような人は概して想像し思い描くのが不得手であるので、その人たちにも思い描けるように分りやすく懇切丁寧に説明して理解させなければならないということである。その次に、体験させ体得させるという作業になる。「手取り、足取り、持ち上げて」という手の掛かる「共有」作業とも言えるが、これをやらないと、分っている人だけが頑張って理解していない人たちはそっぽを向いて動かないという集団になる。

 共感が得られていない場合に何が起こるかと言えば、彼らからは大抵、「技術が無いから」、「金が無いから」、「人手が足りないから」、「場所が無いから」、「売って呉れるところが無いから」、「作ろうにも設備が無いから」…といったマイナーな返事がいとも簡単に返って来ることになる。

 何事に付け、「…無いから」という言葉ほど簡単で気楽なことはないが、「無いから」という言い訳めいた言動からは何物も生まれない。そこには「そこを何とかして」という挑戦意欲が存在しないからである。確かに、事柄によっては、出来るか出来ないか判然としないこともあるが、大抵の場合、「やるぞ!」という強い意志さえあれば何とか成ることの方が多いものであるにもかかわらず、ビジネスの現場ではこのようなやり取りは日常茶飯事に起こっている。

 しかし、その返事を聞いたとき「こいつは何も分っていないな」と相手に腹を立てるだけでは、これも何物も生み出さない。そうではなく、「もう一度、きちんと説明しないといけないな」と自分自身を振り返るだけの余裕は欲しいものである。その点、上杉鷹山は米沢藩を立て直すに当たって、若年ながらもこの点をよく弁えていた。心すべし。

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