この家は、一代で終わらせるには価値がありすぎる。

長持ちする家をとことん追求し続ける社長のブログ

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日々進化

どこかで聞いたときのある題名だなと思った方は、かなりの○○ですね。。。。

今年の春から開発を進めていましたグリーンライフならではのオリジナル新商品です。

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何が違うのか、

簡単に言うと、普通より柱と梁が太いだけです。

棟梁と比べると分かりやすいと思います。

DSC_5683.jpg

グリーンライフを知る人は、全然細いじゃないかと思われるかもしれませんが、、、、

シーダーを使ったポスト&ビームやティンバーは、これよりもはるかに太い材料を使っていますが、今回は、普通の在来木造です。

通常、3,5寸角(10.5センチ)の柱ですが、この新商品は5寸角(15センチ)

断面積で約2倍強あります。

材料は、福島県産材の杉

もちろん無垢材

もちろん乾燥材

あと、見えない部分ですが、連結金物が表に出てません。


普通の柱で建てるのよりどれくらい高くなるんだろうか、、、

と思っていると思いますが、

ほぼ、同じです。


多分、いや、絶対に他社では不可能です。

ログハウスとティンバーフレーム
ののノウハウがあるからこそ出来た奇跡です。

また、今回から、他の部分でもかなりバージョンアップしてます。


是非、興味のある方は、お問い合わせください。

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自己紹介

福島民友新聞(トップの人生劇場)より

(2006年6月12日掲載)

民友


日本ではまだ、ログハウスが一般的に認知されていなかったころ、その素晴らしさを多くの人に知ってほしいと、生来のチャレンジ精神から、この世界に飛び込んだ。
以来、独創的なデザインと建築技術が評価され、ログハウス業界では一目置かれるメーカーへと飛躍させた。

 高校を卒業後、父健さんが経営していた造園土木業の「磐梯園芸センター」に入社。
仕事のかたわら、スキー学校のインストラクターを務めていたが二十一歳の時、

「自分の可能性に懸けてみたい」

北米大陸の最高峰マッキンリー登頂を決意
登山経験がほとんどなく家族や周囲からも心配されたが、見事に登頂に成功。
さらに、頂上からスキーで滑降するという日本人初の快挙まで成し遂げた。

 ログハウスと出会ったのは、この時。
マッキンリーへの入山許可の手続きをしたログハウスの事務所のあたたかい雰囲気が、知の世界に向かう緊張とプレッシャーを解きほぐしてくれた。

「いつかは、自分の家もログハウスで造ってみたい」

との思いを胸に帰国した。

 転機が訪れたのは、帰国から約二カ月後。
父が仕事中にけがを負って車いすの生活になったことから、退院後の生活を考え、手造りで自宅を建設することを計画。
本を見ながら試行錯誤、友人らの手を借りて角材を積み上げて完成したのは、あこがれのログハウスだった。
その家が観光客らの目に止まり、思いがけない依頼が舞い込んだ。

「うちの別荘を造ってほしい。」


「これからは日本でもログハウスの人気が出る」

と直感。

一九九〇(平成二)年にグリーンライフを設立、ログハウスメーカーとして第一歩を踏み出した。

 希望に燃えて始めた事業だったが、当初は苦労の連続だった。
採算が合わず、赤字になることもしばしば。
当時はログハウスの需要が少なく、受注も思うように伸びなかった。
倒産の危機にも何度か直面、ログハウスをやめて一般住宅に軸足を移そうかとも悩んだ。
しかし、周囲の人々の励ましを受けて考え直した。

「一般住宅をやっても、うちより技術力のある会社は山ほどある。
ならば、ログハウス業界のトップを目指そう」

 九〇年代半ばからは、ログハウスの本場カナダの各メーカー と業務提携、良質な木材の輸入も始めた。
さらに国内有力メーカー との技術提携、木工家具の製作、まきストーブの販売など着実に事業を広げてきた。
二〇〇二年には県内で初めて、防火地域でのログハウス建築が認定 されるなど、先進的な取り組みも評価されている。

 今年は、郡山市にアウトレット建材などを取り扱う「建材市場」 をオープンさせた。
さらに、ログハウス造りのノウハウを生かした一般住宅の建築にも進出
センスの利いたデザインと自然素材を活用した工法は、ほかのメーカーとは一線を画した独自の路線を歩む。
マイホーム建築を予定している人たちを対象にした住宅ローン勉強会 も定期的に開催、自ら講師も務める。

「家を造るというハード面だけではなく、お客さまの人生設計のお手伝いをするというソフト面でもサポートしていければ」

 「父がけがをしてから、多くの人に助けてもらってきた。今度は自分が、いい仕事をしてその恩を返していきたい」。

感謝の気持ちが仕事への原動力だ。

 「百年、二百年と世代を超えて愛される家を造りたい。」

若き経営者の心には今も、マッキンリーを目指したころと変わらない情熱が燃えている。


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